2021/4/5仕事

Story of 相続放棄と管理責任

関係を全て断ち切るのは難しい


私が大学生の頃、人気の民法ゼミに入っていたもので当時の同級生や後輩、先輩には、弁護士、検察官、裁判官まで法曹になった人が非常に多いです。
今でも仲良くさせて頂いている先輩、同輩、後輩とここ数年一緒に仕事することも多くなってきました。自分も周りも歳を取ってきたものだなぁと思いつつ、これが

で、先日後輩の弁護士からちょっとした相談の電話がありました。相続に詳しい沢部先輩にってことで聞いてくれたわけです。

質問の内容は、相続人全員が相続放棄した後の財産の管理について。以前から個人的にもかなり問題があると思っていた部分の質問で正直返答に困ってしまいました。
今日はその相続放棄に関するとある問題点についての話を。



法律上の相続放棄と遺産分割



まずは相続放棄について少し説明していきます。
お客様から『相続放棄をした』という話を聞くことが高確率であります。

お客様の言う『相続放棄』とは以下の2パターンが考えられます。

(1)遺産分割協議書上、取り分を一切なし(0円)とした
(2)家庭裁判所に相続放棄の申述をした


で、多くの場合は(1)です。3ヶ月以内に家庭裁判所に申述をしなければならない、ということ自体を普通は知りませんから、(1)によることがほとんどです。

ただ、私たち相続の専門家からすると、(1)の俗にいう相続放棄と(2)の法律上の相続放棄では全く意味が異なります。ここは明確に異なるので、念のため関連する条文を掲げておきます。

第915条(相続の承認又は放棄をすべき期間)
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
2 相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。

第938条(相続の放棄の方式)
相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。

第939条(相続の放棄の効力)
相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす


簡単にまとめると、人が亡くなったことを知ったときから3ヶ月以内に家庭裁判所に申述すれば、最初から相続人ではなかったとしてもらえる、ということです。最初から相続人ではなかったとしてもらえるところがキーです。

もし、遺産分割で取り分を0とした後に、亡くなった人に借金があった場合どうなるでしょうか?
民法はこうも定めています。

第921条(法定単純承認)
次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
1 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
2 相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
3 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。


これをわかりやすくすると、遺産を使ったり、相続人のようにふるまってしまった場合は、3ヶ月以内だったとしても相続放棄ができなくなるということです。
そして、遺産分割は遺産を使った(処分した)と同視される行為であるとされています。判例上はそれでも借金の存在を一切知らなかった場合は放棄できる余地はあるとしていますが、裁判上認められない可能性を考えるとかなりリスクがあるでしょう。

要するに、遺産分割をしてしまうと仮に後から借金が見つかった場合でも放棄ができなくなる可能性があるので、取り分0にしたから今後一切関わらないで済みますよ、とはならないのです。


その点、法律上の相続放棄であれば、明確に初めから相続人でなかったことになるので、後から借金が出てこようが関係ありません。あとから莫大な資産が見つかった場合も関係なくなる点は注意が必要ですが・・・


というように、まず、そもそも法律上の相続放棄を行うことは実務上は非常に重要なことです。やはり、亡くなった方に借金があるようなケースでは相続放棄を検討することになります。



相続放棄の連鎖



相続放棄をすると気に注意しなければならないことがあります。
相続人には順位がありまして、今の順位の人が相続放棄をすると、次の順位の人が相続人になってしまうので、その人も相続放棄をしなければならなくなります。



例えば、亡くなった方の子供全員が相続放棄をしたときは、次は父母、祖父母が相続放棄をし、又全員が放棄をしたら兄弟姉妹まで相続放棄をする必要があります。
相続放棄をするときはそれなりの理由があることが多いので、自分たちだけ相続放棄をすればよいわけではなく、次の順位の人にも相続放棄をするように勧めることを忘れないようにしなくてはなりません。

私はこういうのを相続放棄の連鎖と言っています。



全員が相続を放棄するとどうなるか



相続放棄の連鎖が起きると、最終的には相続人が全員相続を放棄することになります。すると、相続人が全く存在しないことになります。法律上はこれを相続人不存在と言いますが、こうなると、相続人は財産をいじることはできなくなります。

第九百五十二条(相続財産の管理人の選任)
前条の場合には、家庭裁判所は、利害関係人又は検察官の請求によって、相続財産の管理人を選任しなければならない。
2 前項の規定により相続財産の管理人を選任したときは、家庭裁判所は、遅滞なくこれを公告しなければならない。

相続財産管理人を選任して、相続財産を維持、処分してもらう必要があります。元相続人は財産には基本的に手出しができません。

ということで、一見相続人らは相続放棄をしてしまえば、相続に一切関わらないで済むようにも思えるのですが、ここからが今回の最大の注意点です。
借金が多ければ、当然相続放棄を検討するべきですし、それ以外の選択肢は多くありません。相続放棄をしてしまえば一切関係ないと言いたいところが下記の法律があります。

第940条(相続の放棄をした者による管理)
相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。
2 第645条、第646条、第650条第1項及び第2項並びに第918条第2項及び第3項の規定は、前項の場合について準用する。

これも簡単に説明すると、相続放棄をしても次の相続人か相続財産管理人が遺産の管理をできる状態になるまでは、財産の管理をし続けなければならないということです。最後の相続人は相続財産管理人が選任されるまでの間、ずっと遺産を管理し続けなければなりません。


これは個人的には、相続人に対して重い義務を課しすぎていると思っています。
相続放棄をした後に、自ら相続財産管理人の選任をすれば万事解決!!なんですが、相続財産管理人の選任はそう簡単にはいかない部分があります。

相続財産管理人には選任の費用(申立てに関する弁護士・司法書士報酬、印紙など実費)以外に、相続財産管理人自身の報酬を支払うための予納金を納める必要があります。相続財産管理人には、弁護士や司法書士など専門家が選任されることが多く、予納金は、その弁護士の報酬や管理にかかる実費を立て替えるために支払います。

一切の費用を考えると
①申立てに関する司法書士弁護士報酬 5万円~30万円程度
②実費 5000円~10000円程度
③予納金の金額は約20万円〜100万円



と、高いと100万円以上の支払いが必要になります。尚、予納金は最終的には回収できるときもあれば、回収できないときもあります。亡くなった方の遺産がどれほどあったかに関わります。相続放棄の場面では、多くが借金を超過しているので優先とはいえ、回収できないことも全然あります。


自分から相続財産管理人の選任をしなければ、誰か第三者が相続財産管理人を選任してくれるまでの間ずっと遺産を管理し続ける必要があります。しかも、不動産があっても売却することもできず、管理だけを続けることになります。(これ、売却してしまうと相続放棄が覆ることもありえるので、超注意です。何か大きなことをする前に、必ず専門家に相談してからにしましょう。)

ということで、相続放棄はその後のことも含めて要注意です。




最後に



相続放棄後の管理義務は、正直言って、相続に関わりたくない人にここまでの義務を課してしまうのは、現実的ではないというか、現実を知らないというか。こうでもしないと、相続放棄後の財産管理をする責任を持つものがいなくなり、そのことが問題になることも理解はしていますが、そこは国の制度でなんとかしないと空家は減らないのでは?と思っています。

わざわざ相続放棄をしたのにも関わらず、まだまだめんどくさいことに巻き込まれます。
最後の相続放棄者は、特に注意を要します。不動産を持った状態での相続放棄はその後のこともしっかりと考えておく必要があります。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!